8月9日の日本経済新聞夕刊に、がんの線虫検査とその検査精度やエビデンス等に関する記事がありました。
記事によると、
< 尿でがんのリスクを判定します-。こんな広告を見かける機会が増えている。自宅で尿を採取して送付すれば結果が届く簡便さで利用が広がっている。「がんは早期発見が重要」とされるが、過剰な検査は身体などへの負担を増やす恐れもある。がんの簡易判定に潜むリスクを知って判断したい。>
-とのことです。
線虫がん検査は、ある生命保険会社が2021年に業務提携したことでも話題になりました。
同検査について、ある落語家が「自身の若年性前立腺がんの早期発見につながった」と自らが進行役を務めているFMラジオ番組で紹介していました。
そうした体験談を聞くと早期発見に効果的な検査だと思うかもしれません。しかし、そんな簡単な話ではないようです。
【記事の内容】
以下、日経の記事の内容です。
-日本経済新聞2025年8月9日朝刊-
【「尿でがん判定」のリスクー過剰な検査、負担増加の恐れ】
尿でがんのリスクを判定します-。こんな広告を見かける機会が増えている。自宅で尿を採取して送付すれば結果が届く簡便さで利用が広がっている。「がんは早期発見が重要」とされるが、過剰な検査は身体などへの負担を増やす恐れもある。がんの簡易判定に潜むリスクを知って判断したい。
尿でがんのリスクを判定する検査はHIROITSUバイオサイエンス(東京・千代田)が開発した「N-NOSE」(エヌノーズ)が先駆的だ。
同社によると、体長1ミリほどの線虫は犬より鋭い嗅覚があり、尿に含まれるとがん特有のにおいを検知する。がん患者の尿に集まり、健常な人の尿から逃げる習性があるとし、「世界初の革新的な線虫がん検査」と広告している。
同社のサイトから申し込み、自宅に届く検査キットで尿を採取し、冷蔵便で返送する。検査結果は1ヵ月前後で通知される。「高リスク」は検知対象の23種類のいずれかのがんの疑いが高いことになる。1回検査コースは約1万7000円だ。
同社のほか、がん細胞があると尿中に増えるという代謝物や遺伝子を測定する会社もある。
だが全身のがんを調べる尿検査は部位を確定できない。どの部位か全身を調べるためには、陽電子放射断層撮影装置(PET)とコンピューター断層撮影装置(CT)を組み合わせた「PET/CT検査」を利用する人が少なくない。
この検査の実施施設を対象に専門学会の関連団体*が2023年9月までの3年間を調べたところ、高リスク判定から受診した1053人中、がんを発見したのは22人(2.1%)だった。
HIROTSUバイオサイエンスは「日本人の1年間のがん発症率は.8%。これより高く、線虫検査は簡易検査として有効と示された」と解釈する※。高リスク判定でもがんが確認されないケースは「ほかの簡易検査も同じ」とする。
ただこうしたケースは身体的な負担だけでなく精神的な不安も残る。PET/CT検査では見つかりにくいがんがあり、がんが発見されなかった人も「がんがない」とは判断できないからだ。
費用負担も大きい。高リスク判定を受けて同検査を受ける際は保険適用とならず、10万~20万円程度が全額自己負担だ。がん検査に詳しい帝京大学病院の渡辺清隆教授(腫瘍内科)は「簡易検査で高リスクを判定された人の身体的、精神的、金銭的負担は大きくなりがちだ」と指摘する。
一方、日本医科大学武蔵小杉病院の勝俣範之教授(同)は「線虫検査の根拠としている論文のエビデンス(証拠)レベルは低く、がんでないのにがんと判定する擬陽性などの割合が正確にわからない。過剰な精密検査が増える恐れがある」と警鐘を鳴らす。
HIROTSUバイオサイエンスは「どの検査も擬陽性や偽陰性は起こる可能性がある。線虫検査の特性や限界は利用規約などで丁寧に説明している」としている。
がんは早期発見しても進行が遅く、治療が不要な場合もある。韓国では1999年に甲状せんがんの検査を強化して早期発見が増えたが死亡率は下がらなかった。過剰診断で摘出手術などの弊害が増えた恐れがある。
*補足:日本核医学会PET核医学分科会。
以上です。
※日本核医学会PET核医学分科会はHPにて、公式コメントを出し、次のように調査結果と齟齬がある点を列挙し補足説明しています。
【PETがん検診と線虫検査に関する多施設調査】2024年10月3日
PET/CT検診に携われる先生方へ
昨年10月に全国PET施設に対して行いました「PETがん検診と線虫検査に関する多施設調査」をまとめた論文が臨床核医学9月号に掲載されましたので、お知らせいたします。https://www.rinshokaku.com/magazines/2024/57_5.pdf
この度のアンケート調査にご協力下さいましたPET/CT施設の関係者の方々に改めて深謝申し上げます。
論文要旨は以下の通りです。
株式会社HIROTSUバイオサイエンス(以下HIROTSU社)が販売している線虫検査のN-NOSEリスク判定法は、がんのリスクを判定するもので、がんのスクリーニング検査には該当しないと考えられます。しかしN-NOSEリスク判定法で高リスクと判定されたことで、御自身が、がんに罹患しているのではないかと心配される方が多数おられることから、全国のPET/CT施設の先生方にご協力いただき、線虫検査契機に受診された場合のがんの発見率をPET/CT検診の立場から求めました。その結果、N-NOSEで高リスクと判定されても、がんが見つかる頻度は2%程度で、N-NOSEが対象としている15種のがんに限ると1%以下でした。
本論文は、N-NOSEリスク判定法の精度を検証したものではありませんが、少なくとも高リスクを陽性とした場合は偽陽性が多い結果でした。PET/CT検診に携われる先生方が、検診現場で線虫検査を契機に受診された方へ検診結果を説明される際に、ご参照いただければ幸いです。
一般の方々へ
最近、HIROTSU社のHPに、我々の発表を引用し次のようなプレスリリースがなされています。
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『日本核医学会PET核医学分科会PETがん検診ワーキンググループによる調査結果に基づく試算から、N-NOSE高リスク者の「真の」陽性的中率は11.7%であり、一次スクリーニングとしてのN-NOSEが有用であることを報告。』
「N-NOSE」は新時代へ―「N-NOSE」の有効性、実社会データで確定、論争に終止符―
『同年9月1日、第三者(日本核医学会PET核医学分科会PETがん検診ワーキンググループ)による実社会データの報告により、「N-NOSE」の実社会における感度が非常に高いことがブラインド試験により証明されました。
(中略)
今回の学会では、PET-CTを推進する医師の方々が、100を超える病院のデータを取得し、解析し、発表してくださいました。そのご尽力と、データを正しく公表されたことに厚く御礼申し上げます。その第三者機関による発表結果は、「N-NOSE」の陽性的中率が既存検査よりも圧倒的に高く、「N-NOSE」は世の中で使っても高精度であるというものでした。
~~~
私どもとHIROTSU社との間には全く協力関係はありません。HIROTSU社のHPに書かれている記事の内容は一切承知しておりません。特に、これらの記事について、私どもの調査結果と齟齬がある項目を列挙し補足説明致します。
1. 我々の調査結果では、N-NOSEで高リスクと判定されてもPET/CT検査を含めた検診でがんが見つかる頻度は2%程度であり、N-NOSEが対象としている15種のがんに限ると1%以下です。従って①のような「一次スクリーニングとしてのN-NOSEが有用である」根拠はなく、逆に大部分の方は偽陽性です
2. 「真の」陽性的中率を11.7%と試算されていますが、我々のデータからこの数値を求めることはできず、我々の論文にもその数値はありません。実測したものではなく仮想の数値と考えます。N-NOSEの真の感度・特異度、真の陽性適中率を求めるには、多数の健常者集団を対象としたコホート研究(前向きの追跡調査)が必須になりますが、これまでそのような検証の報告はありません。我々の調査もそうした研究には該当しません。また、「ブラインド試験」ではなく、「感度が非常に高いこと」の根拠もありません。従って、『「N-NOSE」の陽性的中率が既存検査よりも圧倒的に高く、「N-NOSE」は世の中で使っても高精度である』と結論出来るような調査結果ではありません。
本HPをご覧になった方は、これらの点にご留意の上、リンク先の臨床核医学9月号の論文の調査結果と考察をお読み頂ければ幸いです。N-NOSEで高リスクと判定され、他の検診を受診される際に、過剰な心配は、必要でない場合が多いことをご承知おきください。また、逆に低リスクと判定されても安心せず、5大がん検診や人間ドック、その他がん検診を定期的に受けられることをお勧めします。
以上です。
上記の日本核医学PET核医学分科会の公式コメントや「臨床核医学2024vol57 No59月号(PDF)」掲載の論文を読む限り、線虫がん検査の判定結果が早期発見に有益だとは限らないようです。
